及川です。
話題の「ウェブ進化論 ― 本当の大変化はこれから始まる」(梅田望夫著 ちくま書房)を読みました。多くの皆さんもお読みになったと思いますが、どのような感想を持たれたでしょうか?
私は、今までずっともやもやしていたものが晴れたようなすっきりとした感じを抱きました。自らの周りで起こっていることを肌で感じながらも、それが言葉として整理できなかったのですが、それを自分の代わりに説明してくれたというのでしょうか、そんな感じです。ただし、著者の意見に全面的に賛成しているわけではありません。
「あちら側」と「こちら側」
読まれた方はご存知だと思うのですが、本書では、現在のネット革命はインターネットの「あちら側」で行われており、インターネットの「あちら側」を代表する企業がグーグルさんをはじめとする先進的なインターネット企業(「不特定多数無限大への信頼」を持ち、「ネットのあちら側」に軸足を置く企業)であるという論理が展開されています。マイクロソフトは PC による IT 革命を起こしたが、あくまでも「こちら側」の企業であり、「あちら側」での変革には乗り遅れていると書かれています。これ以外にも現在のネット革命による社会や個人への影響についても書かれていますが、マイクロソフトの社員という立場では、本書の全体を通して書かれている、この「あちら側」 vs. 「こちら側」というのがもっとも興味を持った部分です。
もちろん反論しなければなりません :-)。
この「あちら側」 vs. 「こちら側」という二元論は、時代や企業群を分類するには便利ですが、残念ながら、必ずしも単純にこの2つに分類できるものではないと思います。たとえば、「こちら側」の企業と言われてしまっているマイクロソフトですが、ご存知のとおり、Windows Live や Office Live を中心とした“Software as a Service (サービスとしてのソフトウェア)”の戦略を持っています。それだけ見ても、マイクロソフトを単純に「こちら側」の企業と位置づけることはできないと思います。もちろん、梅田氏はそのようなことはご存知の上で、既存のコアビジネスから大胆に抜け出し、一気に「あちら側」の世界に入ることはマイクロソフトにはできないと言われているのだと思います。ただ、Web をプラットフォームとして利用してもらう際には、「こちら側」の世界である PC や各種デバイスでも最高のエクスペリエンスを実現することも考えることが必要です。それがマイクロソフトが Windows Vista で考えていることの1つです。
MIX06?の基調講演でマイクロソフトが使ったスライドの1つに下のような図が描かれています(クリックで拡大します)。

この図で示すように、現在の Web エクスペリエンスのレベルを上げるために、もっとも基礎的な部分では Ajax を利用すること(マイクロソフトの技術で言った場合、“Atlas”になります)、もっともリッチな環境では、WPF (Windows Presentation Foundation) を利用することを提案させていただいています。革命は「あちら側」ばかりでなく、「こちら側」のデバイスでも起きており、それらを有効活用するためには、“Beyond Browser”、すなわちブラウザ以外の環境においても、Web 技術との連携が必要となります。Windows Vista の WPF のデモをご覧になるとわかりますが、B2C のサイトに WPF で書かれたアプリケーションから利用すると、格段に高い操作性とまったく新しいエクスペリエンスをお客様に提供することができます。このように、今後のソフトウェアにおいては、「こちら側」も「あちら側」も無くなり、すべてが Web 技術と密接に絡み合っていくというのが私の考えです。
テクノロジーカンパニー
本書ではグーグルさんを「テクノロジーを徹底的に極めること」を考えている企業として紹介されています。人材の採用について、本書の中で、グーグルさんとマイクロソフトの類似点が述べられていますが、この「テクノロジーを徹底的に極める」という点に関しても多くの類似点があると思います。そして、私はテクノロジーによる革命が人々の生活を豊かにするものと信じていますので、競合会社をも持ち上げることになるかもしれませんが、このような会社には非常に好感が持てます。
本書の中で、ヤフーさんのサーチ担当副社長(ビッシュ氏)との以下のような対話が紹介されています。
「ヤフーは人、グーグルはコンピュータという言い方には少し違和感があるけれど、ヤフーは、人間が介在することでユーザー経験がよくなると信ずる領域には人間を介在させるべきだと考えている。そこはグーグルと決定的に違うな。そして、ヤフーはコンピュータが完全に人間の代わりができるとは思っていない。」
私はさらに、「グーグルのほうがすべてを自動化することへの信念・情熱がより深いよね」と尋ねたが、ビッシュは「ノー・クエスチョン」(それは全くその通りだ)と答えた。
コンピュータの可能性をできる限り追求するという点では、私もマイクロソフトである経験をしています。現在は Exchange Server 担当の VP となっている Dave Thompson?が Windows Server の開発担当 VP であったころ来日したことがあるのですが、私は彼のすべての社内外のミーティングに同席する機会を得ました(別の言い方をすると、「かばんもち」です :-))。社内ミーティングで、Windows Server のある機能の操作が難しいため、その部分の操作方法やトラブルシューティングを詳しく説明した Whitepaper を用意するべきでないかと、彼に相談したところ、彼は、「Tak(彼は私をこう呼びます)、言っていることはわかる。短期的にはそのようなことも考えるべきかもしれないが、われわれはソフトウェアカンパニーだ。ドキュメントを用意するのではなく、ソフトウェア技術でお客様の問題を解決したい」と私に言ったのです。私は目を覚まされる思いでした。確かに、世の中にはコンサルタントや SE を張りつかせることでシステムの安定稼動を保証するようなベンダーさんもありますが、マイクロソフトは同じことをソフトウェアだけで実現すべきだと彼は言ったのです。グーグルさんがコンピュータによる自動化にこだわるのと同じように、マイクロソフトもソフトウェアによる革新を会社のコアミッションとしていることがお分かりいただけるエピソードではないでしょうか。
日本人一万人「移住計画」
本書は最後に「脱エスタブリッシュメントへの旅立ち」という章で結ばれています。この中で梅田氏は次のように新しく始められたプロジェクトについて説明しています。
「日本人一万人・シリコンバレー移住計画」という非営利プロジェクトを立ち上げるこにとした。「世界中からシリコンバレーに集まって切磋琢磨する技術志向の若者たちと一緒になって、日本の若者たち一万人が活躍しているイメージ」を頭に描きながら、その実現のための支援を二十年がかりで行っていこうというものだ。
梅田氏はシリコンバレーで日本人技術者が極めて少ないことに危機感を抱き、このようなプロジェクトを考えられたわけですが、私も同じような危機感を持っています。
数年前、インドに行った際、当時のインド開発センターのディレクターとのディナーで、日本やインドについての教育についての話になりました。
「Tak(彼も私をこう呼びます)、日本では大学を卒業した後、どのくらいの学生が米国企業に就職するんだい?」。
私ははじめこの質問をマイクロソフトのような外資系企業に就職する学生のことを聞いているのかと思ったのですが、よくよく聞いてみると、実はそうではなく、日本を出て、米国で就職する学生の割合を聞いていたのです。私は以下のように答えました。
「日本では日本企業や米国の外資系企業に就職し、会社から米国に出向や派遣されるケースはあるかもしれないが、初めから米国での就職を考える学生はあまりいないよ。僕の時代とは違うから少しは増えているかもしれないけど、ほとんどいないんじゃないかな。」
「そうか。じゃあ、たとえば、クラスに100人同級生がいた場合、何人くらいが米国に行くのかな?」
「う~ん。5名いれば多いほうだと思うよ。」(こう答えましたが、5名もいないだろうと当時の私は思っていました。)
「インドでは半分以上の学生が大学卒業後、インドを出て、米国で職を得るよ。」(半分というのは不確かです。ただ、かなりの割合だったと思います。)
当時、すでにインドは IT 立国として知られていましたので、別段驚くまでも無かったのですが、一方で日本のあまりにも島国的な、ボーダーレスな流動性の無い状況に改めて気づかされた覚えがあります。
インドのすごいところは、一方的な人材流出が起きているだけでなく、きちんと還流もされている点です。インド滞在中にインド開発センターの全体会議に参加する機会を得ることができました。驚いたのは会議の最初に「今月のレッドモンドからの帰国者」というようなコーナーがあったことです。レッドモンドとはこのブログを読んでいる方ならご存知の通り、マイクロソフトの本社の場所です。マイクロソフト本社に行かれたことがある方は、非常に多くのインド人が働いていることをご存知だと思いますが、その何人もが、しばらく本社で働いた後、インドに開発センターができたならということで、インドに戻ってきているのです。
日本においてもこのようなことができたら、なんて素敵でしょう。シリコンバレーやレッドモンドのような環境で武者修行し、日本に戻ってきて、日本の IT 産業への貢献を行うのです。
最後に、ついでに一言。シリコンバレーやレッドモンドにまでは行けないという人は是非、マイクロソフトの日本の開発グループに来てください。勤務場所こそ米国ではありませんが、レッドモンドと同じような環境で開発を経験できます。興味のある人はこちらへ :-)。